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系図(島津本宗家<奥州家→亀山家、藤野家>)

<概説>
島津家は「寛政重修諸系譜」「島津氏正統系図」などでは「源頼朝の隠し子の後裔」を称しているが、島津家が源氏後裔を声高に主張したのは江戸時代も中期以降であり、それ以前の公式文書などには全て「藤原〜」と署名していることから見ても、頼朝の後裔というのははったりであると考えられている。現在の学会では秦氏後裔・惟宗氏の子孫であるというのが定説だが、初代・忠久以前の系譜は今ひとつはっきりしない。おそらく摂関家の一つ・近衛家に仕えた武士であり、その関係で近衛家の荘園・島津荘(現在の宮崎県・鹿児島県)の地頭→守護となった物と考えられる。他の地頭が源頼朝と強いつながりがあったのとはかなり異なる経歴を持った鎌倉武士であったと思われる。島津家に伝わる「島津家正統系図」などの記述では初代・忠久の代に早々と薩摩国に下向したように見えるが、実際に下向したのは後述するように元寇の頃と考えられる。4代・忠宗まで伊達や相馬など東国の有力武士から正室を迎えたことからもそのことが証明されよう。

元寇(文永・弘安の役)のため九州防衛の任を受け、鎌倉より下向、以後薩摩に定住。室町時代当初の南北朝の対立では主に北朝側に付くが、巧みな世渡りで生き延びる。しかし、室町時代初期に領地を「奥州家」「総州家」に分封したことに端を発し、一族内での内部争いが激しくなる。1430年(応永23年)、総州家が滅亡したことにより一族内の内訌は収まったように思えたが、島津家の分家は増え続けており、更に、16世紀初めに本宗家の当主が相次いで早世したことも相まって、内部対立は更に激化の一途であった。

1519年(永正16年)、養家の頴娃氏から戻り14代当主となった島津勝久は、有力分家の一つ・伊作・相州家の嫡子・虎寿丸(後の島津貴久)を養子+次期後継者とするという約束を持って伊作・相州家当主・島津忠良の協力を取り付けようとしたが、勝久の妻の実家である薩州家の当主・島津実久がこの約束に不満を表明したため、勝久はこの約束を「悔い返し」虎寿丸は命辛々実家の伊作家に逃げる羽目になった。この結果、島津家の内部争いは逆に激化することとなり、勝久はとも離婚、大隅の有力戦国大名・禰寝氏の元に逃亡。しかし、その後島津貴久の元で島津家の勢力が高まると大隅からも逃亡し、母親の実家である大友氏のいる豊後に逃走、そこで亡くなった。

勝久は禰寝氏の娘を後妻としており、その間には子どもが生まれていたが、彼らは豊後には同行せずに大隅で暮らしていた。
島津氏が日向国から伊東氏を追放後、勝久の子孫達もまた島津氏に見つけられたが、男子には出家の措置がとられている。万が一反対勢力によって担がれ、お家騒動が再燃することを未然に防ごうとしたものであろう。しかし、江戸時代には全員還俗してしまった。但し、さすがに「島津」姓を称することははばかられたようで「藤野」「亀山」姓になっている。
勝久は薩摩から逃亡した際に島津家の歴代什宝の一部を持ち出していたらしく、江戸時代になると勝久の子孫はその什宝を鹿児島藩に売りつけることで生き延びていたらしい。

その後、島津家久(忠恒、島津義弘三男)は関ヶ原の戦いの後、1602年(慶長7年)、徳川家康に家督を認められ、一時「陸奥守」を名乗っていたため、わずかだが名目だけの「奥州家」が復活した。しかし、幕藩体制の中、陸奥国の中では伊達氏が最も大きな領土を持つことから幕府の裁定が入り、1622年(元和3年)以降は島津家当主は「薩摩守」を公式に名乗らされるようになった。そのため「奥州家」は名実共に消滅した。

ところで、勝久の子孫には何故か伊作家・島津忠良の系統と同じ名前を名乗った物が多い。例えば
 ・勝久の長男 島津忠良(字「又三郎」「三郎左衛門尉」、官名「修理大夫」)
 ・勝久の嫡孫 島津久(読みは「島津義久」と同じ、字「又三郎」)
 ・勝久の孫(還俗後) 藤野忠恒(「忠恒」は18代当主・島津家久の初名)
特に「又三郎」「三郎左衛門尉」は島津家の嫡子が代々名乗っていた物であり、勝久一族の伊作+相州家系島津忠良一族への強烈な対抗心がかいま見えるようである。最も、戦国乱世の代では実力が伴わなければ、立派な名乗りも意味を為さなかったのであるが。


参考文献
「島津氏」三木靖(『日本の名族』12 新人物往来社)
「島津家文書成立に関する1,2の考察」五味克夫(戦国大名論集16『島津氏の研究』 吉川弘文館)

<系図>
※製作途中のため、クリックしても飛ばないところがあります。
また11代当主・島津立久以前の女性についてはこのHPの扱いの範疇外ですので、今後も説明を付ける予定は全くありません。御了承下さい。

(系図参照文献)
・御家譜(『鹿児島県史料集』6)
・諸氏系譜 亀山氏(『鹿児島県史料』旧記雑録拾遺 諸氏系譜三)


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