新大夫

生没年未詳

<略歴>
慶応18年、徳川幕府の命により人質として江戸に行った島津御下伊集院千鶴親子に同行した女房衆の1人。
おそらく書状での順位からみて序列三位である。
その後江戸常駐の上臈(高位の女中)となったらしく、兵部卿なる女中と連名で家久より都度都度書状を送られている(「旧記雑録」附録2−742,743,749)。


<年譜>
年度
(日本歴)
年度
(西暦)
年齢 出来事 出典
慶長18
8月3日
1612 島津義弘からの書状で御下親子への奉公を懇ろに頼まれる
また、義弘に旅中の報告の手紙を送っていた模様
「薩藩先公貴翰」233
慶長18
8月8日
島津義弘からの書状で旅先での心労をいたわられる 「薩藩先公貴翰」234
慶長18
8月22日
島津義弘より御下親子への奉公を懇ろに頼まれる
また、せん、あちゃちゃ宛の贈り物もことづかる
「旧記雑録」後編4−1037
慶長18
10月10日
島津義弘からの書状で御下親子への奉公を懇ろに頼まれる 「薩藩先公貴翰」238
慶長18
10月25日
島津義弘からの書状で旅先での心労をいたわられる 「薩藩先公貴翰」240
慶長18
年末頃
島津義弘からの書状で江戸での奉公ぶりを誉められる 「薩藩先公貴翰」243

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