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喜入於婦理(別名「於満津」、有馬式部大輔女、喜入忠続(忠政)養女、島津久茂先室)

慶長17(1612)年〜宝永3(1706)年3月7日<享年95歳>

<略歴>
「諸氏系譜」喜入氏の項によると喜入忠政は有馬式部の娘を養女とし、この養女は後に島津(基多村)久茂に嫁いだとある。同じく「諸氏系譜」尚久「久茂」の項によれば、確かに妻は「喜入忠政養女」とある。
木村フジエ氏『殉教者カタリナ永俊尼と島津家』所収の「喜入氏系図」抜粋によると、この娘は喜入忠政後妻となった某女(母は皆吉続能女(カタリナ永俊尼))の連れ子で、「於婦理(おふり)」または「於美津(おみつ)」と名乗っていた。島津家の有力家老であった喜入忠政の養女となり、同じく島津家有力家老・島津久元の次男・基多村久茂に嫁いだ彼女の行く末は満帆の物であったと思われる。
しかし、寛永12年に祖母の影響を強く受けたキリシタンであることが発覚し、母、妹・喜入忠政女(菊鶴、於鶴)とともに種子島に流刑となった。その後長命を保ち、宝永3年に95歳で亡くなった。


<年譜>
年度
(日本歴)
年度
(西暦)
年齢 出来事 出典
慶長17 1612 誕生 父・有馬式部大輔 母・某女皆吉続能女の娘) 「諸氏系譜」喜入氏 忠政養女
「喜入氏系図」
年度不明
(慶長17頃?)
この頃、両親が離婚?
母親と共に祖母・皆吉続能女の元に身を寄せる
「諸氏系譜」喜入氏 忠政養女
「喜入氏系図」
(年度不明) 母が島津家家老・喜入忠政と再婚 「諸氏系譜」喜入氏 忠政養女
「喜入氏系図」
元和7 1621 10 異父妹・菊鶴(後に改名し御鶴)誕生 「喜入氏系図」
(年度不明) 基多村久智(後の島津久茂)に嫁ぐ
基多村久智は宮之城島津家の島津久元の次男であった
「諸氏系譜」喜入氏 忠政養女
「諸氏系譜」尚久 久茂
「宮之城島津家系図」
「喜入氏系図」
寛永10
6月20日
1633 23 久智の長男・久馮を生む 「諸氏系譜」尚久 久茂
「宮之城島津家系図」
(年度不明) 久智の長女(後島津光久養女→佐土原島津・島津久雄後室 興正院)を生む 「諸氏系譜」尚久 久茂
「宮之城島津家系図」
(年度不明) 久智の次女(後早世)を生む 「諸氏系譜」尚久 久茂
寛永12 1635 25 隠れキリシタンであることが発覚 「喜入氏系図」忠政女御鶴
寛永13
4月
1636 26 母と妹・御鶴と共に種子島に流刑となる 「喜入氏系図」忠政女御鶴
寛永13
6月26日
種子島の石之峰に移る 「喜入氏系図」忠政女御鶴
寛永16
6月28日
1639 29 母(喜入忠政後室)、妹・御鶴が隠れキリシタンであることが発覚、種子島赤尾木(現・鹿児島県西之表市)石之峰に共に押し込められる 「種子島家譜」5十七代忠時
宝永3
3月7日
1706 95 死去 法号「浄鏡院殿妙典日乗大姉」
娘で佐土原藩主・島津久雄室であった興正院によって、正建寺に墓が建てられた
「喜入氏系図」

「諸氏系譜」喜入氏では「県士有馬某」とある。

死別の可能性もあるが、慶長17年に「岡本大八事件」が発覚し、切支丹大名・有馬晴信は斬首となり、跡を継いだ有馬直純は慶長15年には妻の小西行長女(当然切支丹である)を離縁し棄教しているうえに、岡本大八事件の後に長崎から日向県(現在の宮崎県延岡市付近)に転封させられている。これらの背景から、種子島に流刑されても切支丹であったという強固な信仰を持っていた皆吉続能女の娘が有馬直純に同行した夫・有馬式部大輔と宗教上の対立から離婚したことは多いに考えられるであろう。
ちなみに木村フジエ氏はこの有馬式部大輔を有馬直純と考えておられるが(『殉教者カタリナ永俊尼と島津家』)、有馬直純の官名は「左衛門佐」であり異なることから、これには同意しかねる。

「諸氏系譜」尚久 久茂項では、三男・久寧、四男・久軌の母も喜入忠政養女のように書かれているが、久寧が母の遺領・300石を継いだ(島津家の一家老である喜入忠政の養女が300石の私領を持てるはずがない)と記述されている所からみても間違いであり、「宮之城島津家系図」の記述のほうが正しいと考えられる。このように記述が混乱しているのは身内に切支丹関係者がいたことを隠そうとした名残とも思わせる。

史料によって年度にズレがある。後考を期したい。

彼女の祖母や母、異父妹は同じ場所に墓が残っているのだが、彼女だけが正建寺という別の場所に墓が作られ、戒名も立派である。「喜入氏系図」をみても妹・菊鶴の項には「切支丹により流刑」との記事が出てくるものの、彼女の項には切支丹関連の記事が出てこない上、死亡した場所も不明である。ここから推測するに彼女だけが後に棄教した可能性もあるが、後考を期す。

なお祖母・皆吉続能女らの墓所については「日本福音ルーテル東京教会」HP「きずな369号」の記事を参照した。

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