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高野山と島津。(佐賀藩鍋島家の墓所)

紀州徳川氏(2代〜4代)の墓を過ぎたあたりの山手に、「鍋島家墓所」という看板が立っています。
そこから吸水マット(!)が引かれた参道を登って、参道よりやや奥に入ったところが鍋島家の墓所です。

 (2005/11/10撮影)

手前の方に吸水マットの一部が見えていますが(^^;)これがなければここまで上がれなかったでしょう…余り足場はよくありませんでした。ちょっと参道から離れた人気のないところまで登りますので怖かったです。
やや荒れた感じで、高さ1m強の五輪塔が数基並んでいます。碑文は摩耗して読めなかったので誰が葬られているかは不明です。


鍋島家は元々肥前の戦国大名・龍造寺家の家老(であり血縁)でもあったのが、鍋島直茂が病弱と言われた主君・龍造寺政家にかわって実権を握り、豊臣秀吉の元での朝鮮出兵や関ヶ原の合戦も無事乗り切り、佐賀藩35万石の藩主となった。

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