宇多貞次女(井尻祐元室)

応仁2(1468)年〜天文23(1554)年11月3日<享年87歳>

<略歴>
宇多(宇田)貞次なる武将の次女で井尻祐元の妻となり、井尻祐宗を生んだ。その後、島津貴久の乳母となり貴久の養育を行う。大永7年に島津実久との間で島津本宗家家督を巡って争いが起こったときには、息子・祐宗と共に貴久を守って鹿児島から逃走した。この時に実久の襲撃を貴久に密かに知らせたのは宇多貞次女の功績だという(「本藩人物志」井尻祐宗)。
実家の宇田氏の詳細不明。婚家先の井尻氏は蘇我氏末裔を称する(「本藩人物志」井尻祐宗)が、実は通字から分かるように日向の戦国大名としても有名な伊東氏の系列。井尻氏は島津忠良の祖父・島津(伊作)久逸に使えた井尻祐秀を出すなど古くから伊作家とつながりが深かった。宇多貞次女が島津貴久の乳母となったのはそのような縁があったからと思われる。
ちなみに息子・祐宗は貴久の乳兄弟になるためか貴久が鹿児島から脱出するときも同行、天正4(1576)年8月19日の日向高原城攻めの時に64歳で戦死。


<年譜>
年度
(日本歴)
年度
(西暦)
年齢 出来事 出典
応仁2 1468 誕生 父・宇多貞次 母・不明 「本藩人物志」女子伝 宇田氏女
永正9 1512 45 井尻祐元との間に祐宗を生む 「本藩人物志」井尻祐宗
永正11 1514 47 島津貴久誕生 「島津氏正統系図」その他頻出
この頃貴久の乳母となる? 「本藩人物志」女子伝 宇田氏女
大永7
5月15日
1527 60 島津実久の襲撃を貴久に密告
鹿児島を脱出し小野(現・鹿児島市小野)に避難する
「本藩人物志」女子伝 宇田氏女
「本藩人物志」井尻祐宗
天文23 1554 87 加世田にて死去  「本藩人物志」女子伝 宇田氏女
「本藩人物志」井尻祐宗

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