×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

高野山と島津。(伊達政宗墓、仙台藩・宇和島藩伊達氏墓所)

「遅れてきた天下人」こと仙台藩祖・伊達政宗の墓は島津家四番墓よりやや一の橋よりに立っています。
 伊達政宗墓
看板が立っているので、まず見落とすことはないかと。
さすが伊達政宗の墓、非常に大きくて立派です。これでも島津家の墓より小さいとは…(と言うことは5番目以下なんだな)

さて、政宗以外の伊達氏の墓は遠く離れた一の橋近くにひしめくように立っています。
 仙台藩伊達氏、宇和島藩伊達氏墓所
伊達政宗の死後、伊達氏は側室飯坂氏女(猫御前)出生の長男・秀宗を藩祖とする宇和島藩と、正室田村氏女(愛姫)出生の次男・忠宗を藩祖とする仙台藩に別れる。仙台藩と宇和島藩の中はなかなか微妙な物だったようだが、墓所はこのように隣り合わせである。
手前にあるのが仙台藩伊達氏墓所、向かって右奥にある鳥居が宇和島藩伊達氏墓所である。両方とも高さ2m強の五輪塔が並ぶ立派な物である。

表紙へ戻る 関西の島津氏史跡目次へ戻る 高野山と島津。目次へ戻る