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小門某女(新納康久室)

生没年未詳

<略歴>
天文〜永禄頃の女性か。夫・新納康久は島津善久・運久室(常磐)の甥・忠澄の長男で島津忠良家臣として活躍。新納康久には「他腹」と書かれている子女が多数いるところから見て側室がおり、また「諸氏系譜」新納氏によれば新納忠安女も新納康久を夫としているが、小門某女所生の子供には「本腹」と書かれており、彼女が正室だったらしい。但し、実家小門氏の詳細は不明である。
また「ルイス・フロイス「日本史」」によると新納康久の妻はフランシスコ・ザビエルによって洗礼を授けられたとされるが、その「新納康久の妻」はこの小門氏女だったのか、それとも側室だったのか、詳細は不明である。


<年譜>
年度
(日本歴)
年度
(西暦)
年齢 出来事 出典
(年度不明) 康久長男・又八郎を生む 「諸氏系譜」新納氏 又八郎
天文16 1547 康久次男・弥五郎(久饒)を生む 「諸氏系譜」新納氏 久饒
(年度不明) 康久三女(新納縫殿助忠明室)を生む 「諸氏系譜」新納氏 康久三女
天文21 1552 康久三男・長住(旅庵)を生む 「諸氏系譜」新納氏 長住
永禄4
7月12日
1561 長男・又八郎、廻竹原山にて戦死(享年未詳) 「諸氏系譜」新納氏 又八郎
慶長7
8月25日
1602 三男・長住、滞在中の大坂にて客死(享年50歳) 「諸氏系譜」新納氏 長住
寛永元
8月17日
1624 次男・久饒死去(享年78歳) 「諸氏系譜」新納氏 久饒

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